同人サイトcry bitterly wailの日記
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^p^いつぞやいっていた激甘ワインの白いのをかtt
^p^カクテルパートナーオフスタイルのすくりゅーどらいb
^p^まだカクテルパートナーのマンゴーマイタイとえいしょうげんの杏露酒と藍苺酒のこtt
^p^フォアローゼズの小瓶(ウィスキー)とスミノフの小瓶ものk
いつ呑むんだと言う。
あんあんあん。
S岡県立美術館の写画有展に行きたいんですが。
金欠なのに。。。
この間近くまでドライブと言うか美術館目指してドライブ行ったんだけどそのときは行かなかったのよね。
金欠だし。。。
ちょ、まじガソリン安くなれ!
フルタンクでCRASHIN ITS OK!
ソウルドアウトのガソリンはきっとガソリン安くなれ!っていう歌だと思う。
まあBGMはアンインストール ぼくらのトラウマゲームなんだけど。←
もーすぐなーつですねえ、ちょっとへたれてみませんか~
リヒテンシュタイン好きです。
多分ある漫画に出てくる国のモデルの国(確か漫画でもスイスの隣)だと思うんですけど小さすぎなところが良いです。
あ、バチカン市国の方が小さいんだっけ?(世界一小さい国ってバチカンで良いの?ほんとに?)
そう言えばキタユメ。ではバチカン市国出てこないですね。
実はオランダ早く出てこないかなとかもうずいぶん前からdkwkしてたらちょこっとでてきましたね。
とりあえずリヒテンシュタインのあの小ささに萌えているわけですよ。
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昔、知人が二輪で日本縦列の旅をしていた時にミャンマー料理屋に行ったことがあったのを思いました。
・・・
ミャンマー微妙でした。
もうちょっと車を走らせればフレンチイタリアンとかエ○パ○ス○リ○ム○ラ○があったのに。
何故ミャンマーだったんだろうと小一時間。
緊張しすぎてぼけていたのかもしれません。
ミャンマー料理はタイとかベトナム系統と同じ感じのすっぱ辛い味付けでした。
デザートが日替わりだったので食べたいのを選べませんでした。
まあおかしなものじゃなくてタココナツっぽい何かだったのでよかったですけど!(うろ覚え)
そして、ウェイトレスさんが片言だっ・・・^p^
パスポート5年で取ったので勿体無いことをしたような気がします。
10年で取っても10年内にまた海外行くかと言われたらコレマタ微妙ですけど^p^
S岡市はいちいち駐車場料金払って駅南の旅券センターまで行かないといけないんですよね!
カナダ行きたいよ。
だれ?
カナダだよ!
具体的にカナダで何をするのかわかr
その前に金けt
よし、忘れないように書いておこう。
オランダ>青の洞窟>サグラダ・ファミリア>えげれすの上の方>薔薇は薔薇は>長靴の下の方>黒海
・・・
ミャンマー微妙でした。
もうちょっと車を走らせればフレンチイタリアンとかエ○パ○ス○リ○ム○ラ○があったのに。
何故ミャンマーだったんだろうと小一時間。
緊張しすぎてぼけていたのかもしれません。
ミャンマー料理はタイとかベトナム系統と同じ感じのすっぱ辛い味付けでした。
デザートが日替わりだったので食べたいのを選べませんでした。
まあおかしなものじゃなくてタココナツっぽい何かだったのでよかったですけど!(うろ覚え)
そして、ウェイトレスさんが片言だっ・・・^p^
パスポート5年で取ったので勿体無いことをしたような気がします。
10年で取っても10年内にまた海外行くかと言われたらコレマタ微妙ですけど^p^
S岡市はいちいち駐車場料金払って駅南の旅券センターまで行かないといけないんですよね!
カナダ行きたいよ。
だれ?
カナダだよ!
具体的にカナダで何をするのかわかr
その前に金けt
よし、忘れないように書いておこう。
オランダ>青の洞窟>サグラダ・ファミリア>えげれすの上の方>薔薇は薔薇は>長靴の下の方>黒海
なんだか手風呂でヘタリアばっかり更新してるのでいい加減ひぐらしも更新しろと言う。
あと絵チャに参加するときはもっと自重しよう!自重!
後で自分の醜態にもだえるし!!
あの・・・ほんと、ご迷惑おかけしてすみません。。。
つるばらにでけーあぶらむしがついてました^p^
おそろしすがくぶる^p^
シュネたんがまじめに復活してきたよ!!!!
強い子になってね・・・^p^!
ちょ、最近また(!)アクアリウムしたいのですが。
睡蓮鉢でプチビオー。
でっかいひらたいプラ容器に土を引いて水をひたひたに張って。
パピルスとかもさもささせて。
めだかや赤ひれをもそもそおよがせて。
毎日によによ眺めるのです。
問題は場所が無いと言うことですねー^p^
あと絵チャに参加するときはもっと自重しよう!自重!
後で自分の醜態にもだえるし!!
あの・・・ほんと、ご迷惑おかけしてすみません。。。
つるばらにでけーあぶらむしがついてました^p^
おそろしすがくぶる^p^
シュネたんがまじめに復活してきたよ!!!!
強い子になってね・・・^p^!
ちょ、最近また(!)アクアリウムしたいのですが。
睡蓮鉢でプチビオー。
でっかいひらたいプラ容器に土を引いて水をひたひたに張って。
パピルスとかもさもささせて。
めだかや赤ひれをもそもそおよがせて。
毎日によによ眺めるのです。
問題は場所が無いと言うことですねー^p^
蜀(今の四川省の辺り)の人物のメモです。
たぶん五十音順に増えていきます。
楊 玉環(よう ぎょくかん)
唐代の中国四大美女(ようきひ、せいし、おうしょうくん、ちょうせん)の一人です。
貴妃と言うのは名前じゃなくて彼女に与えられた位です。
皇帝(玄宗タン)の2番目かの彼女と言うことで貴妃です。
玄宗タンに愛されまくったのに皇后よりも低い位のままだったのは後宮の色々なしがらみからだっけ?
元々は唐の皇帝玄宗タンの息子の嫁だったんだけど玄宗タンが横恋慕しちゃったんだって。
気づいたら寺に入れられちゃって、そしたら今度は還俗させられて玄宗タンの所に引き戻されたのです。
でまあ中国史の例に倣って玄宗タンが楊貴妃に執心して仕事まったくしなくなります。
そしたら楊貴妃の従兄がやりたいようにやっちゃって安史の乱が起きます。
皇帝が女に溺れる→外戚の横行(或いは政治腐敗)→各地の反乱によって崩壊と言う中国史の慣例です。
安史の乱は安なんとかと史しめいと言う二人が起こしたのでまとめてそう呼ばれる様になりました。
苗字で略されてるだけで別に安と史がデキテいたとか安×史を暗に示すような腐女子記号じゃありませんので悪しからず。
でも楊貴妃と安なんとかはデキテたらしいけどね!
楊貴妃は安史の乱で従兄が失脚した時に故郷の蜀に逃げようとします。
だけど楊貴妃にくっついていった兵士達の中に楊貴妃の従兄を恨むやつらが居たので結局*されます。
ライチが好きだったので、ディタと言うライチリキュールを使った楊貴妃と言う名前のカクテルがあります。
ちなみに腋臭疑惑があります。
劉 禅 公嗣(りゅう ぜん こうし)
蜀漢皇帝劉備の息子でアホ君主と言われています。
治世であればそれなりの君主だったかもしれませんが、乱世に転じてからはもうだめぽ。
生まれる前に母ちゃんが北斗七星を見たとかなんとかで幼名を阿斗と言います。
国が存続の危機に瀕したときにあっさりと蜀を明け渡し、洛陽に移って安楽公として余生をすごします。
アホ君主と言うより、単に劉禅自身にやる気が無かっただけなのかもしれません。
後に洛陽で宴会が催された折、蜀の楽曲が流れたときに蜀の旧臣が涙を流して悼んだのに彼だけは暢気に笑っていた。
んでもって魏の臣である司馬詔タンに「蜀のこと思い出してんじゃなーい?」と聞かれても「こっちの方が楽しいから向こうのことは忘れちゃったよ~」なんて答えたそう。
それをそばで聞いていた旧臣にとがめられて次はこれこれこう答えなさい!としかられて、また司馬詔タンに同じ質問をされたときに旧臣の言葉そのままに答えを返したので「あんたそれさっき旧臣が言ってた事まんまじゃん」って言われ「ええ、そのとおりですが、何か?」と、こりゃもう一同大笑いですわ。
30年近く蜀と言う国を治めて、どうしてそれほどまで情は失われるものなのか。
まあ、父が父なら子も子なのか。
君主としてあまり評価される人では無かったようです。
ちなみに散々言われておりますが、実は頭悪いフリしてただけなんじゃないかと言う説もあります。
魏と旧蜀臣達との間で波風を立てないようにしていたのかな、とか。
劉 備 玄徳(りゅう び げんとく)
中国の中心地よりちょっと北の方出身。
一応漢王室の末裔らしいですが早くに父を喪ったために超のつく極貧生活を経験したこともあったり。
叔父さんの伝で学問を身につけたこともあったけど歌って遊んでる方が性にあってたとか。
出自はいい加減ですが蜀を治めた人なので結構逸話が残っています。
命を狙われて逃げてるときに苗字が同じ小父さんに夕飯をご馳走してもらったんだけど実はその肉が小父さんの奥さんの肉で「そこまでしてくれてありがとう!」と感謝してみたり。
かつて邪馬台国の卑弥呼さんが「私を認知して!」と迫ったことのある魏の曹操さんに「英雄は君と余だ!」と言わせてみたり。
曹操に追われたときに連れ出した民とか嫁さんとか息子とか放り出して逃げ、息子を助けた部下(趙雲)から息子を奪い取って地面に投げつけてみたり。
あと凶相の出てる馬を乗りこなして壇渓(崖)を飛び降りて難を逃れたりだったり。
呉の国の紫の髭の支配者と一緒に手を取り合って庭石ぶったぎってみたり。
長くなったのでもうやめる。
まあ、いろいろあって、諸葛亮っていうすごい逸材を手に入れて蜀に乗り込んで蜀をもらいます。
で、魏皇帝の名乗りを上げた曹ヒ(曹操の息子)に張り合って蜀漢皇帝(漢から帝位を譲り受けたことになってる魏とは違い、あくまでも漢の後継として蜀と言う国を建てた)を自称することとなりました。
晩年は不遇とも何とも言い難い。
ケイ州に出張中だった義弟の関羽が傲慢だったために呉の恨みを買って*されてしまった所から運命の歯車が狂いはじめました。
トチ狂った彼は呉に宣戦布告、蜀全土の兵を引き連れたその行軍は八里に及んだとか。
この時に、同じ義弟の張飛も傲慢を振るったために部下に寝首をかかれて*されてしまいます。
最初こそあだ討ちに燃えた蜀軍でしたが、八里の行軍が徒を為し火刑にあって完膚なきまでに叩きのめされ、撤退します。
そして白帝城に逃げ込み、諸葛亮に子供達を託してに223年の4月24日に没します。
ちなみに今年は私も追悼企画に参加しましたよ!←
李 白 太白(り はく たいはく)
蜀で生まれ育った唐代の詩人です。
母ちゃんのお腹に居る時に母ちゃんが太白星と出会う夢を見たらしい。
だから白という名前で太白という字なの?
最初はすんでるところに倣ってせいれん居士とか名乗って隠棲してた。
玄宗タンのところでかんりんぶぐっていうそれっぽい仕事に着いた。
だけど、彼はものすごい酒癖の悪い飲兵衛だったんですよ。
酔っ払ってる時は高力士とか楊貴妃とかに絡みまくって嫌われちゃったり。
そのうち堅苦しいのが嫌だったので自分から申し出てクビにしてもらって野に放たれる。
彼の詩はその生き様を顕すような豪胆なものが多い。
湖だか川だかに舟を浮かべて酒飲んでる時に水辺に浮かぶ月を捉えようとして溺れて死んじゃった。
たぶん五十音順に増えていきます。
楊 玉環(よう ぎょくかん)
唐代の中国四大美女(ようきひ、せいし、おうしょうくん、ちょうせん)の一人です。
貴妃と言うのは名前じゃなくて彼女に与えられた位です。
皇帝(玄宗タン)の2番目かの彼女と言うことで貴妃です。
玄宗タンに愛されまくったのに皇后よりも低い位のままだったのは後宮の色々なしがらみからだっけ?
元々は唐の皇帝玄宗タンの息子の嫁だったんだけど玄宗タンが横恋慕しちゃったんだって。
気づいたら寺に入れられちゃって、そしたら今度は還俗させられて玄宗タンの所に引き戻されたのです。
でまあ中国史の例に倣って玄宗タンが楊貴妃に執心して仕事まったくしなくなります。
そしたら楊貴妃の従兄がやりたいようにやっちゃって安史の乱が起きます。
皇帝が女に溺れる→外戚の横行(或いは政治腐敗)→各地の反乱によって崩壊と言う中国史の慣例です。
安史の乱は安なんとかと史しめいと言う二人が起こしたのでまとめてそう呼ばれる様になりました。
苗字で略されてるだけで別に安と史がデキテいたとか安×史を暗に示すような腐女子記号じゃありませんので悪しからず。
でも楊貴妃と安なんとかはデキテたらしいけどね!
楊貴妃は安史の乱で従兄が失脚した時に故郷の蜀に逃げようとします。
だけど楊貴妃にくっついていった兵士達の中に楊貴妃の従兄を恨むやつらが居たので結局*されます。
ライチが好きだったので、ディタと言うライチリキュールを使った楊貴妃と言う名前のカクテルがあります。
ちなみに腋臭疑惑があります。
劉 禅 公嗣(りゅう ぜん こうし)
蜀漢皇帝劉備の息子でアホ君主と言われています。
治世であればそれなりの君主だったかもしれませんが、乱世に転じてからはもうだめぽ。
生まれる前に母ちゃんが北斗七星を見たとかなんとかで幼名を阿斗と言います。
国が存続の危機に瀕したときにあっさりと蜀を明け渡し、洛陽に移って安楽公として余生をすごします。
アホ君主と言うより、単に劉禅自身にやる気が無かっただけなのかもしれません。
後に洛陽で宴会が催された折、蜀の楽曲が流れたときに蜀の旧臣が涙を流して悼んだのに彼だけは暢気に笑っていた。
んでもって魏の臣である司馬詔タンに「蜀のこと思い出してんじゃなーい?」と聞かれても「こっちの方が楽しいから向こうのことは忘れちゃったよ~」なんて答えたそう。
それをそばで聞いていた旧臣にとがめられて次はこれこれこう答えなさい!としかられて、また司馬詔タンに同じ質問をされたときに旧臣の言葉そのままに答えを返したので「あんたそれさっき旧臣が言ってた事まんまじゃん」って言われ「ええ、そのとおりですが、何か?」と、こりゃもう一同大笑いですわ。
30年近く蜀と言う国を治めて、どうしてそれほどまで情は失われるものなのか。
まあ、父が父なら子も子なのか。
君主としてあまり評価される人では無かったようです。
ちなみに散々言われておりますが、実は頭悪いフリしてただけなんじゃないかと言う説もあります。
魏と旧蜀臣達との間で波風を立てないようにしていたのかな、とか。
劉 備 玄徳(りゅう び げんとく)
中国の中心地よりちょっと北の方出身。
一応漢王室の末裔らしいですが早くに父を喪ったために超のつく極貧生活を経験したこともあったり。
叔父さんの伝で学問を身につけたこともあったけど歌って遊んでる方が性にあってたとか。
出自はいい加減ですが蜀を治めた人なので結構逸話が残っています。
命を狙われて逃げてるときに苗字が同じ小父さんに夕飯をご馳走してもらったんだけど実はその肉が小父さんの奥さんの肉で「そこまでしてくれてありがとう!」と感謝してみたり。
かつて邪馬台国の卑弥呼さんが「私を認知して!」と迫ったことのある魏の曹操さんに「英雄は君と余だ!」と言わせてみたり。
曹操に追われたときに連れ出した民とか嫁さんとか息子とか放り出して逃げ、息子を助けた部下(趙雲)から息子を奪い取って地面に投げつけてみたり。
あと凶相の出てる馬を乗りこなして壇渓(崖)を飛び降りて難を逃れたりだったり。
呉の国の紫の髭の支配者と一緒に手を取り合って庭石ぶったぎってみたり。
長くなったのでもうやめる。
まあ、いろいろあって、諸葛亮っていうすごい逸材を手に入れて蜀に乗り込んで蜀をもらいます。
で、魏皇帝の名乗りを上げた曹ヒ(曹操の息子)に張り合って蜀漢皇帝(漢から帝位を譲り受けたことになってる魏とは違い、あくまでも漢の後継として蜀と言う国を建てた)を自称することとなりました。
晩年は不遇とも何とも言い難い。
ケイ州に出張中だった義弟の関羽が傲慢だったために呉の恨みを買って*されてしまった所から運命の歯車が狂いはじめました。
トチ狂った彼は呉に宣戦布告、蜀全土の兵を引き連れたその行軍は八里に及んだとか。
この時に、同じ義弟の張飛も傲慢を振るったために部下に寝首をかかれて*されてしまいます。
最初こそあだ討ちに燃えた蜀軍でしたが、八里の行軍が徒を為し火刑にあって完膚なきまでに叩きのめされ、撤退します。
そして白帝城に逃げ込み、諸葛亮に子供達を託してに223年の4月24日に没します。
ちなみに今年は私も追悼企画に参加しましたよ!←
李 白 太白(り はく たいはく)
蜀で生まれ育った唐代の詩人です。
母ちゃんのお腹に居る時に母ちゃんが太白星と出会う夢を見たらしい。
だから白という名前で太白という字なの?
最初はすんでるところに倣ってせいれん居士とか名乗って隠棲してた。
玄宗タンのところでかんりんぶぐっていうそれっぽい仕事に着いた。
だけど、彼はものすごい酒癖の悪い飲兵衛だったんですよ。
酔っ払ってる時は高力士とか楊貴妃とかに絡みまくって嫌われちゃったり。
そのうち堅苦しいのが嫌だったので自分から申し出てクビにしてもらって野に放たれる。
彼の詩はその生き様を顕すような豪胆なものが多い。
湖だか川だかに舟を浮かべて酒飲んでる時に水辺に浮かぶ月を捉えようとして溺れて死んじゃった。
ルッコラは虫食いがひどいしレタスには色々ついてくるのに。
サラダほうれん草には何もつかない。
ほうれん草ってまずいんだろうか。
復活はしてきたけどシュネがみずぼらしい姿に・・・^p^
新芽とか早く伸びておくれーぬ。
完全復活までどのくらいかかるでしょうか。
あとつるばらの花が一個終わったからちょっきんしちゃおう。
と、言うか。
つるばら自由自在縦横無尽に伸びすぎ^p^
剪定って一番早くて夏推奨だっけか。
花の終わった花枝と古い枝を切っちまえばいいのか?
個人的に虫食い葉を落としたい。
うわぁ・・・ルッコラに穴あけた犯人捕縛。
大きな青虫でした。
サラダほうれん草には何もつかない。
ほうれん草ってまずいんだろうか。
復活はしてきたけどシュネがみずぼらしい姿に・・・^p^
新芽とか早く伸びておくれーぬ。
完全復活までどのくらいかかるでしょうか。
あとつるばらの花が一個終わったからちょっきんしちゃおう。
と、言うか。
つるばら自由自在縦横無尽に伸びすぎ^p^
剪定って一番早くて夏推奨だっけか。
花の終わった花枝と古い枝を切っちまえばいいのか?
個人的に虫食い葉を落としたい。
うわぁ・・・ルッコラに穴あけた犯人捕縛。
大きな青虫でした。
